2010年3月アーカイブ

2010年3月31日

地震 果たして

今朝06:18に地震がありました。

若い頃登った東京タワーで地震が来て床があまりもゆっくりと前後に揺れたのを経験しました。

 

建築家によれば都心の高層ビルは揺れることで地震のエネルギーを吸収発散させている設計がなされているとのことです。

新宿センタービル45階にオフィスがあった時は「地震が来たらどうしようか」と悩んだのは直前に大きな地震があったからです。

都心の他の事務所に通勤した時でも避難用靴とか軍手とか防災品を入れたリュックサックを置いていたこともありました。

 

また新宿街頭で突然カメラが現れマイクを突き付けられ「今地震が起きたらあなたはどうしますか?」と街頭インタビュー受けた時、咄嗟に答えが出ませんでした。

要するに普段そういうことをまったく意識していないで街を歩いているのです。

 

【写真は新宿西口にある東京都庁展望台から撮影。正面は京王プラザホテル】

tocho.jpg

こんな経験もありました。

 

松本出張の際ビジネスホテル三階に宿泊中早朝ベッドの上で飛び起きました。直感的に「関東大震災だ!」と思いました。

すぐリモコンに手が届きテレビをつけたら大阪の地図、大阪の震度、そのうち神戸の震度、NHK支局の揺れの画像から関西だと判るもその規模に大地震と判りました。

 

会社では社員たちが食堂のテレビにくぎ付け。ヘリコプター撮影ライブの神戸市内至る所で上がる火事の煙、地獄絵ばかりでした。

 

そのあと芦屋の知人に安否を問い合わせたら

「10階マンションに住んでいるが、箪笥の引き出しが両方向から眼の前を飛び交った。

エレベータ泊まり不便。サイレン以外何も聞こえない。

テレビの映像じゃ本当の姿はわからないよ。実際の現場を見てください。」

 

その悲痛な声を思い出し、直後関西出張の際に、大阪から神戸の方に電車で出かけてみました。

行き止まりの駅は御影駅で、一生忘れない光景ばかりでした。

高架電車が徐行運転し始め静かになり窓の外の市街地がだんだんと青さが広がって行く奇妙な姿はおぞましさの始まりでした。

それは崩壊した屋根瓦に雨除けのブルーシートが被せてあり激震地に向かって増えて行く色が変わるのです。

御影駅で降りて(西へはバス運行連絡)食事をしようと駅前のお店に入ったら水を使う料理は出来ないとあっさり断られました。

西宮駅に戻るとあちこち階層が押し潰されたビルばかり。 

南口にあるデパートは凄まじい!向こう壁と両脇の壁が残った状態で前部から真ん中までがっぽりとえぐられどの階の床も全部崩落し無くなっている状態。

ある階から自転車が一台逆さまにぶら下がっていた、恐らく、自転車売り場でしょう。

もう言葉になりませんでした。

街は地震で発生した火事で焦げて薄茶色に曲がった鉄筋が剥き出し変な異臭が漂っていてとても現世の光景とは思えず地獄そのものにしか見えませんでした。

 

ところで何故松本市のホテルで阪神淡路島震災の揺れを感じたのか?

社員にこの話をしても誰も信じてくれませんでした。

その後信州大学教授の民間講義で「岩盤に堆積した泥沼の上に市街地がある」と解説から、自分が体に感じたと納得できました。

 

もっとも、今朝の揺れは家族誰一人として感じなかったので、人一倍敏感なのかもしれません。

現役時代海外でもばくだん騒ぎなどに何回か遭遇しているから神経が過敏のまま今日まで残っているのかも知れません。

早く鈍感になりたい気持ちです。

 

ちなみに4/1から法律で義務付けられる煙・火災警報器の取付普及率はまだ1/3とか。

日本の防災レベルの低さは何故だろうか?

そんな思いがします。 

年度末 やっぱり

仕事辞めても年度末はちゃんと意識しているようです。

テレビやインターネット新聞を見れば関連ニュースも多いし、これからも暦年と共に意識していくことに変わりないのでしょう。

きょう富士山麓100mのゴルフ場の今年度会員会費を振り込み電話し4-6月分予約時間を確認したらもうコースには雪は無くなっているとの話にワクワクしています。

4月中旬から若者100名コンペに参加しエネルギーを感じ取るのが楽しみです。

乗用カートが無いから300m高低差をすたこら歩けることが、ホームコースに選んだ理由で、自分としては、「健脚リハビリ施設」として、2009年から利用しています。

桜の季節というのにいまだ肌寒い日が続いています。

 【冬はお地蔵さんもしっかりと厚着しています】

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【関東三大不動の一つ高幡不動尊にてポジフィルム撮影。スキャナーでデジタル化】

境内には88体のお地蔵様があり四国八十八箇所巡りできる不動ケ丘が散策にいい。

千年以上の歴史を誇る、厄除け・交通安全祈願の大本山で多摩屈指の古刹でもある。

2010年3月30日

赤飯 味変わる

我が家では家族の誕生日に赤飯を炊く習慣が続いています。

longlife.jpg還暦で定年、それから十年間の区切りとなる、人生70年を迎えると、少々気持ちが変わるような気がします。

二年前から模索し準備して作り上げてきたシニアライフはまあまあ成功していると思います。

4月中旬から富士山麓1000m高地で乗用カートがないゴルフコースでUpDown歩きながら森林浴するすがすがしい時間が待っています。

4月下旬からは昭和記念公園でフラワーフェスティバル2010が始まります。

シニア号セスナ機からの眺めもますますカラフルになることでしょう。

【写真は昨年の4月、鳴沢ゴルフ倶楽部で撮影。裏富士が美しい!】

AprilFuji.jpg  先人が教えるには、まだまだ先は長そうです。慌てずシニアライフを楽しみたい、そう思います。これからも楽しく元気に明るく前向きにやっていけそうな気がします。

やはり、春は、どうしても、わくわくして来ますー。

 

2010年3月29日

復元 語り部

小さいころ置時計を分解し時計機構部を外しまた組立るそんな事でも面白かった。似た思い出は誰にでもあるかもしれません。

東大寺の大仏と大仏殿を復元した歴史検証テレビドキュメンタリーを見ました。こうした復元は古今東西に多く見受けられます。

2009年秋東北旅行で訪れた岩手県遠野では「語り部の夕べ」がありました。東北弁で語る昔話は冬囲炉裏を囲んで家族が聞いているそんなほほえましい風景を思い起こさせてくれます。そして近くの常堅寺にある河童淵には本当にそこに河童が住んでいる気にさせてくれました。タイムスリップで童話の世界に浸るのもいいと思いました。

【昔の農家など保存されている遠野にある伝承園にて撮影】

kataribe.jpg自分が最初に西欧に出かけた1971年。モスクワ経由でアエロフロートを利用し乗り継ぎ便が無いならモスクワに無料で泊まれるとの情報。西欧に出かけるのにまず鉄のカーテン内部に入り共産圏二カ国でデモを終えてから西側ウイーンに入る旅程。

イリューシン旅客機は低空すれすれ離陸する。見送りの上司が羽田沖に墜落するかと思ったそうです。大陸途中複数のミグ駐機空港で燃料補給しモスクワ空港に夜に到着。機内では親切で飛行中コクピット内部をパイロットが案内し説明してくれました。

最初仕事する国はポーランドワルシャワ。ワルシャワ行便は無く降りた外国人は私だけでした。倉庫みたいながらんとした場所で入管検査所持金一枚一枚記録されバスでホテルへ。

ところがモスクワ市の方向ではなく空港脇にある木造建物へ!?モスクワ市内が見れると期待したのに当てが外れました。

空港から市内まで遠いからで古い木造建物の階段踊り場には赤い服着た係員二人が電灯スタンドだけのデスクに座りパスポートを預かり部屋に案内されました。ガラガラで泊り客なし。厳寒!暖房が効かず眠れず朝洗面所寒くぶるぶる。翌朝空港に戻ると国内線利用の軍人や中央アジア系の人々など西欧と違う国際色豊かな光景を見かけました。

ポーランドワルシャワに朝一番で着きすぐ迎えの商社マンと放送局に向かいデモしました。外国人には二日間滞在ビザ、かつ、外国人宿泊ホテルは限定。外国人は当時の事情では管制されていました。

夕方日本商社のポーランド人アシスタントに夕食をご馳走し案内してくれた場所が旧市街でした。戦時中ナチ攻撃に備え図面を隠し戦後完全復元した街だとその偉業を誇らしげに話してくれました。「破壊からの復元および維持への人々の営み」が評価された最初の世界遺産になっています。通常の選定基準として破壊からの復元文化財は登録に値しないという理由から危ぶまれたからです。

【旧市街地は観光の名所。Wikipediaより】

WarsawOld.jpgそのあとルーマニア首都ブカレストに飛びルーマニア政府公団納入製品の打合わせ。そして鉄のカーテン内側から外え越えて西側オーストリア首都ウイーンに入りました。

欧州各国間が狭いから電波統制が厳しく国営放送ばかりでした。西ドイツZTF、スエーデン、スイス、フランスORTF、イギリスBBCと、放送機器を携行しデモ行脚しました。

たとえ何かの事情で壊れても壊されても復元さえすれば昔の姿に戻ります。例外もあります。ベルリンの壁崩壊20周年が2009年壊されたのが1989年でもこの壁は絶対に復元はしてはなりません。平和・共存の象徴だからです。

西独に住んでいた時見たテレビでハイジャックされた飛行機が東側に入り一触即発の緊張、なんてドラマがありました。平和こそ大切だと思います。

あれから世界各国日本国内など回ってみると、関心を集める世界遺産など歴史的価値はいつまでも保存されるべき、されたらいい、とつくづく思います。

3D映画が話題のこの頃「復元」こそが昔からある3D手法そのものでそして建築だけでなく医療手術など様々な分野で活躍する3D手法はまさに「語り部(かたりべ)」なのです。

KunitachiStn.jpg 国立駅は高架工事が終わったら、昔のこの懐かしい駅舎が復元されるのでしょうか?楽しみです。

スカイ ツリー

東京都墨田区に建設中のスカイツリーが338mに達し東京タワーを越え建造物日本一の高さになったと報道されました。

計画の634mを目指ししばらくは都民の注目を浴びることでしょう。

今世界一の電波塔はカナダトロントに自立式電波塔「CNタワー」553.33m。

CNTower.jpgこの世界一電波塔に2回登っているから、スカイツリーが2012年に完成したら、新しい世界一にぜひ登ってみたい。

東京都には高い建物が多い。東京タワー、六本木ヒルズ、都庁の展望台もいい。

Google Earth の3Dを見ているみたいで面白い。

【六本木ヒルズ展望台250mから東京タワーを望む2008年4月撮影】

TokyoTower.jpg 東京タワーのマスコットはノッポンブラザーズ(双子の男の子:赤が弟。青が兄)。

でも、スカイツリーが出来て、のっぽ、でなくなったら、どうするんだろ?? 

Friends.jpg

2010年3月28日

十年 ひと昔

1990年から続いていた番組10chテレビ朝日サンデープロジェクトの最終回が終わりました。日曜の朝、NHK日曜討論会と共に人気の番組でした。

二十年間つづくも、半年前に政権交代が実現したので一つの区切りがついた、ということでしょうし、マスコミの影響も多様化しただろうし、番組の新陳代謝だと思います。

歴史の長い欧州では十年サイクルで問題解決を考えるらしいです。「設備投資と技術革新の十年サイクル」を仏経済学者が発見したそうですが「十年サイクル」と学者が説として決めつけるのはどうでしょうか。

一般的には世の中を十年サイクルで考える傾向があります。

日本はアメリカの文明に追い付け追い越せとやってきたころは長期計画もありました。

2000年アルマゲドン2008年リーマンショックなど不確定な時代になった今は企業経営計画でも短期3年まで?もしかしていまや1年先すら読めません。

 

10years.jpg個人ではどうでしょうか。十年単位で考えてみると人生はまことに短いものだと気が付きます。自分の方もとうとう七回目の区切りです。

十年毎に新陳代謝できるならしてみたい、と、自分なりに、このシニアライフも新しいチャレンジできたらいいな、と考えています。

現役と違うのはこれからは自分の健康状態を見ながらの航海することになります。。。

ちなみに十年前の3月末、定年退職でした。ちょうど十年目ひとつの区切りとなります。

自宅SOHO+会社勤めでの仕事を引退宣言してから1年が経過自宅SOHOだけになっています。

2010年3月26日

髭 伸ばします

サラリーマン時代はどうしても世間体の暗黙のルールやマナーがあっておおよそ髭とは縁がなかった。長髪さえ嫌われる。

今自分の頭髪が薄くなったから若いときミュージシャン見たいな長髪だけはやっておきたかった。事遅し残念なり。

中東では若い頃から髭を伸ばし大人扱いするらしい。隠遁生活だから世間に気兼ねは要らなくなったからチャンス到来。

そこで髭を調べてみた。鼻髭は威厳が出てしまうから若い人は避けているようでむしろ顎鬚の方が多いことが分かった。

「自分は年寄りだから鼻髭だけがいいかな?」と、きょう理容室に出向いて「髭を伸ばしたい」と相談したら、「いまは顎鬚の方が流行だから鼻髭と顎鬚と両方とがいいのではないでしょうか」ということでトライすることになりました。

前回は頭髪は薄いが「GI刈りみたいに短くしたかった」けど家人の反対にあい床屋に相談したらやっぱり「辞めた方がいい」とのことで少し短くしていた。

「今回髭を伸ばすならバランスのことがあるから頭髪の方は短くしないほうがいい、なぜなら短くした頭髪の方は2,3週間毎に床屋に来るなど大変だから、普通がいいですよ」との勧告でした。

髭は自分で自宅で手入れができるが散髪は床屋でしかできないからだそうです。 

higecup.jpgそういえば、コーヒーを飲むとき邪魔になる鼻髭を持ち上げる特別な形のふちがついたカップをドイツで見たことがありました・・・。

さてさて残る問題は、自分に合いそうな髭は、一体どんなのがいいのだろうか。

hige.jpgう~ん、目指すスタイルは、こんな感じかなあ。。。 

2010年3月25日

天眼鏡 思い出が見える

シニアの衰えの中に眼の視力があります。

現役時代2.0だから200m先のゴルフボールはまだ見える。水晶体を可変する筋肉が硬化し手元の被写体に焦点を合わせられなくなったみたい。百円ショップ老眼鏡が家中あちこちに置いてある。幸いまだ+1.00で間に合う。

辞書など細かい字は拡大鏡がいる。街に出るとメニューの文字が小さい時がありストレスを感じるから眼鏡は携行しているが忘れたら大変。

写真の天眼鏡は特別な思い出が詰まっている。最近デスクではお世話になっている。辞書の小さな文字が読めないからだ。

30歳代技術部から貿易部に移籍し海外駐在、そして帰国し貿易部に残り、米国担当になった時、台湾高尾非課税経済区にある自社工場複数のラインを切れ目なく埋めるべく他の量産品アイテム探しをスタート。

フロリダのユダヤ系事業家から話があったのが天眼鏡。FOB@US$1.00x10,000個と100万ドルの商売の話。

担当下命され提案企画に入った。自分で考え形をデザイン、構造よりもコスト設計の方が難しい。レンズは大阪中小企業集まる地区のプラスチック成型工場へ。ケースは東京で金型を作り台湾に送って現地で成型。

提案しているうちに、アメリカの家庭の中は薄暗いからランプ追加。単3電池二本+豆電球。接点はリン青銅のみ。反射板は銀紙。左利きでもとリクエストにランプのせり出しが両側から出る。不用時にランプが出ないメカ的ロック。外部ACアダプターも接続可能。ハウジングははめ込み式。レンズはさらに拡大できる小さなレンズ付。

レンズだけ日本から出荷し台湾で生産が始まった。ところが大問題が発生。工場でレンズの中に気泡が見つかった。大阪での成型不良。コスト削減から途中の検査コスト省略が裏目に。

急遽リワーク要員として飛ばされて、終日工場の片隅で目視選別作業を何日も続けた。眼は真っ赤に腫れ、腕は上がらなくなった。それでも1万本無事出荷できました。

magnifier.jpgその後渡米する機会があってあるショップで、この天眼鏡が棚に置いてあったのを発見。しばらく立ち止まって懐かしく眺めておりました。

いま世話になっているこの天眼鏡を覗くとそんな若い頃ガムシャラに面白く元気に仕事が出来たことを感謝しながら「思い出が見える」というわけです。

写真手前の拡大鏡はだから1977年製造。後ろに立てかけてあるMovableType (Ver5) 解説書は今年2010.2.1発刊。つまり33年前の実話ということであります。

ちなみに、本サイトはプロ業務用アプリMovableTypeを使用し、外注せず自ら制作しております。

レンタルサーバー会社の企業向サーバ契約(ウエブ・ログ40GB、メール20GB、セルフバックアップ40GB、データベース1GB、合計101GBの大容量)で運営しています。

2010年3月24日

ジャンル別 新しいWebサイト企画中 

ジャンル別の新しいWebサイト制作を企画しています。

海外専用とし人生でこれまで海外で過ごした様々なテーマとかシーンを取り上げ、構成は地域別から入る、VIVO KAIGAI JOURNAL というタイトルです。この日記&回顧サイトから入れるようにリンクを貼ります。

頭がはっきりしているうちに、頭の中にたまった情報を吐き出して置きたいです。

忘れ始めたらこれを見ればいいわけです。

そのうち認知症になったらかみさんに読んでもらいます。

家族に残す記録にもなります。

そんなことを考える年になりましたー。

web001.jpg 今のところこんなイメージかな。。。

2010年3月23日

健康 傾向チェック

米オバマ大統領の公約、医療保険制度改革法案が成立しました。

一方、昔から皆保険の日本では高齢化に伴っても医療費が増加しています。

医療費削減は長年の課題です。このため診療報酬や医薬品薬価などが下げられる傾向にあります。

予防医学はそういう課題可決のために注目を浴びた経緯があります。

介護予防推進センターが自治体にあって対象者を招集し元気さをチェックし、適した教室を勧告するのは、いつまでも健康でいてくれたら医療費もかからないというシナリオです。

【箱根湿性花園で撮影。シニアは散策や絵画や健康志向で楽しんでいる】

hobby.jpg健康家電は最近出回っているのに体脂肪計があります。

医療保険福祉分野で働いた会社人生後半のとき、新規事業探索で調査をしたことがありました。

原理は体内に微弱な電流を流して測定するので「インピーダンス法」といわれます。この値を大がかりな「水中体重測定法」という大きなプールの中で体重を測定したデータと比較し是正します。もともと海外から来た測定法で鹿屋体育大学でも同じような施設で測定してデータを集めていました。

ある商社がアメリカの製品でノートパソコンでインピーダンス法を使い体脂肪率を測定できるシステムを取り扱いその機器でデモしたことがありました。

両手両足に電極を付けて測定するのがこれらシステムの基本原理です。

これらは高齢化で健康志向の社会になると判っていたので、やがて健康家電メーカーが民生品化する動きとなりました。ところが当初両手だけで測定する家電製品が出現したのにはびっくりしました。

両足胴体がないので測定アルゴリズム(コンピュータ使うときの計算方法)に無理があるからです。

両足両手となったのは最近見かけるようになりました。各社裏付けのデータ蓄積に伴い正確さも増したとみられます。

しかしあくまでも家電ゆえチェック機器と考えた方がいいでしょう。つまり、自分の傾向をチェックするには参考になると思います。 

春分 冬去りにけり?

春が来ることになっています。

天文学的位置関係では、昼夜の長さが同じ、しかし、地表には大気があるから太陽光線が通過する大気の層が厚くなる分特に波長長い赤外線で朝日夕日が赤くなるが光は屈折もするし、太陽の上端が地平線と一致した時刻が日の出あるいは日没と定義されこの遅延も含まれるなどあれこれ平均すれば昼の方が夜より14分長いと言われている。

北極南極で春分の日の太陽の様子がテレビで紹介されていたが、太陽は地平線に沿って動き沈みも上りもしない不思議な光景だった。

北欧で夏を過ごしたときの白夜は神秘的な感じもあって寝れず調子が狂うほどだった。

ここまでは太陽の話だが、月の話と言えばこんなのがあります。

ストックホルムにHsselbradという6cm x 6cm ブローニー版カメラで世界的に有名なメーカーがあって同社博物館を訪れました。

そこで目にしたのが1969年月面人間着陸で使ったカメラのレプリカでした。

感動した訳は1969年は渡米した年だったからです。

さらに一眼レフだから自分の名前の由来も説明しHasselblad社長に手紙を送りました。

押し返しサイン入りの著書何冊かが届けられて来ました。

1978年他界される前1974年ごろだったか25周年記念カメラ500CM世界中1000台限定発売されたので早速一台をドイツで購入しました。

本体の横に氏の署名が刻まれた板が装着。現在も所有している珍しい逸品。

氏は若い時ドレスデンで写真修業しています。

交換レンズ式でカールツアイス、プラナーCF80mmが標準レンズ。

ツアイスのレンズはシャープさに高い定評があります。

当時ドイツにはローライフレックスという二眼レフカメラがあって固定テッサーレンズはレンズシャッターっ式でした。

当時中古を手に入れ使ってみました。

いずれも上からのぞくファインダー式でレトロ気分になれる素晴らしいギアです。

HB500C.jpg

2010年3月22日

凄いっ! パラリンピック

メダルラッシュのニュースが続いています。

選手たちにはハンディキャップが身体のみならず支援金など含む育成・サポート体制にまで差別があることが明らかになりつつあります。

オリンピックでロシアがメダル数が少なかったのは国の支援が減ったからだと言われたので、日本パラリンピック選手たちへの支援はもっとすべきだと、日本国民はそう理解したに違いありません。改善されることを期待したいです。

障害者といえば戦争で禍根を残す負傷者・身体障害者のことがあります。

2001年回顧の旅で自分が定年前に仕事した保健・医療・福祉分野の足跡を辿るべくアメリカ本土、カナダ、ハワイと回りました。

カルフォルニア州パロアルトはシリコンバレーで有名となっていた1969年29歳一人旅でデモ行脚で渡米しベンチャーの神様に憧れてhp社を訪問し未来の姿に驚き物事の、考え方が変わりました。

現在hpのヒューレットの奥さんの名前のついた病院には親戚がリハビリ科ディレクタやっているので、サンフランシスコからパロアルトまでCalTrain鉄道で訪れました。

アイオワシティー大学脳神経科教授に会って来た帰路でした。日本の大御所の京都大学名誉教授もアイオワシティーとこのリハビリ科に立ち寄っている、ということが分かりお互い世間は狭いなと認識し合いました。

また隣接する軍人病院の中で戦争負傷者が器具を使いリハビリする施設を見学しました。

そのあとハワイに立ち寄り太平洋環大きい軍人病院を訪問しました。

いずれでもいまだベトナム負傷帰還兵の精神リハビリを続けていました。

プライマリーケアとアフターケアとペアでバランス良いシステムが必要で、それらを丁寧に根気よく実行している社会の仕組みに敬服しました。

敷地内にある老人ホームでも表の部分そして支える裏方の部分とを見せてもらいその充実さの深さに驚きました。

その理由は、どうしても現状の日本のそれと比較したからです。

アメリカの街で施設を見つけて飛び込んで見学したいと申し出ると快く見せてくれます。「お前の親かそれともお前が先のことを考えているのか?」と質問され顧客獲得のためにも見学は歓迎していると理解しました。

日本ではそんなオープンさや余裕さがないのが現状で残念です。

世界一の速さで高齢化している日本なのにハードもソフトも追い付けていません。

アメリカ人曰く「国会議員にその関係者が出てきてからアメリカも変わったよ」と、つまりまだ日本は健康な国会議員ばかりで関心が薄いというわけです。

日本の国会議員の中で福祉関係の人間がどれだけ出てくるか今後注目し期待していいます。

【2001年訪問時撮影】 

veterans.jpg 歴史的に見ると、日本の真珠湾攻撃から米国との戦争が始まった。

ルーズベルト大統領は日系人情報活動に危機感を抱き12万人完全立ち退き強制収容を実行したことはあまりにも有名です。

カルフォルニア移住していた知人一家は強制収容所(一番大きい北にあるマンザナーキャンプ)で済むことになりました。

これらの歴史的考察の一つとして「大和魂と星条旗(日系アメリカ人の市民権闘争史)」として、親戚の主人公トマス・K・タケシタと(東大西洋史学科卒で"大戦中敵として戦った米国を知るべく研究"で著作も多い)猿谷要との共著の中に詳しく出ています。

この病院施設は広大な敷地に最も充実した機能を取り入れた理想的な模範のひとつだと思いました。

【病院内ロビーにある2000年クリントン大統領の名前】

clinton.jpg

スパーク・松永(1916-1990)の写真。日本人移民の子供で日系アメリカ人として生まれ人たちはヨーロッパ戦線。合衆国政治家で下院・上院歴任、民主党。そばにブッシュ大統領の写真も掲げてありました。

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歴史的に紐解くと、ハワイ在住の日系人を日本と直接戦わせるのを避けイタリア前線でドイツと戦うために派遣されました。

その中にこのタケシタの娘婿が所属する有名な第100歩兵大隊がありました。

NYから貨物船でアルジェリアに上陸しイタリア前線派遣集結連合軍部隊に統合され、ドイツ陣地を奪還しためイタリア上陸した100大隊はバンザイ突撃でドイツ兵が逃げ出したことでも有名でしたが第100大隊は斥候役にされたため死傷者が最も多かった。

突破勝利しローマ一番乗りの位置に居るも日系人にその名誉を与えたくなかった米国は後続部隊を先に入れたことなど、いずれも日系人を危険な前線に先に出させた差別があったと歴史は示しています。

実は、その第101大隊OBたちの家族がこの施設を見学するツアーに合わせてホノルルに到着し、OBの親戚として同行参加出来たレアなチャンスだったのでした。

OBおよび家族はいずれこの施設にお世話になれるからその見学会でした。

大戦の悲劇を日系人の側から少し見れたかなと思えた機会でもありましたし、戦争は二度とやってはいけないとつくづく思いました

 

2010年3月21日

春天気 暴れる

ここのところ春天気が暴れています。

朝方暴風が吹き荒れ、おまけに、中国からの黄砂も日本を覆い始めています。千葉で38.1mと驚くような風速が出たとのこと。

車に積もった塵を水で洗いました。午後また風が強くなり玄関先に散る落ち葉を掃き掃除してもまた元のもくあみ。

近年異常気象が続いているらしく、桜も早く開花したりと、植物も気候の変化に順応しようとしています。人間も衣服で調整し振り回され忙しいです。

自然といえば、その偉大さに感動することがありました。

1969年29歳フェニックスからレンタカーで北上しグランドキャニオン国立公園が現れた時、1969、2002、2006年に足を運んだヨセミテ国立公園、いずれも大き過ぎるので人間が小さく見えた時、自然に対する畏敬はいつも考えさせられました。

【写真はヨセミテ訪れた2002年に撮影】 

yosemite.jpg

2010年3月20日

カメラ シニア散策のお伴

昨晩は暴風注意報、風の音騒がしく眠れませんでした。三連休の中日は晴天、強い春の日差しとなりました。

散策すると思わぬ光景に出合うことありぜひ記録を残したい。

一番愛用するのが腰ベルトに携行するも目立たないコンパクトはRICHO Caplio GX 513万画素28-85mm(取得1/4)。一眼レフ(フィルム、デジタル)、Nikon8400(24mm-)800万画素、同500万画素。メディア8GBの時代。画像編集加工アプリ Photoshop CS、Corel PaintShopPro Photo X2など駆使。

Web制作にもオリジナル画像は自分で撮影します。

昨年の春には昔を思い出し東京タワー、都庁展望台、六本木ヒルズ、TBSサカスを散策してみました。

4月から東京都シルバーパスが貰えるから都営線無料でさらに江戸散策を深めたい。

【六本木ヒルズの巨大蜘蛛を2009年撮影】 

kumo.jpg

 

 

2010年3月19日

マグロ 見直しました

モナコが提案したマグロ捕獲禁止案は否決されました。

漁業資源にも世界で調査管理を適切にし限られた資源を大事に保とうという背景があり日本が果たす役割は大きいようです。

調べてみると面白い。さば科のマグロは海水温が変わっても体温が人間並みに維持される。赤身なのは運動量が多いからで、水温よりも体温が高い魚。紡錘形で普段70km/h最高速160km/h。エラ通過時酸素を取り込むから止まれない一生眠らず泳ぎ続ける。その元気さは超人的。

このサンフランシスコのフィッシャーマンズワーフは焼津さかなセンターと友好提携しジャパンフェスティバルではマグロ解体ショーをやるそうです。

シニアには魚中心の食事がいい。きっと、日本の食卓今晩マグロ刺身が多い?

【左に魚屋さんが並んでいる、観光客で賑う平日に2001年撮影】

wharf.jpg
交差点のレストランの窓からの このアングルは珍しいと思います。

2010年3月17日

東芝 白熱電球やめました

東芝が120年間の白熱電球生産を打ち切りました。

あの醸し出す暖かい雰囲気はレトロとして復活しなくなる。

エコ時代省エネでだんだんと生活の中に代替え品(案)が見つからずロマンチックな癒しの心理環境さえこれからスリムになっていく。

人間味という調味料の歴史はどうなって行くのでしょうか。

【ロンドン アンティーク回廊にて1974年撮影】

gallery.jpg

2010年3月16日

大銀杏 植え付けたそうです

10日強風で折れた鎌倉鶴岡八幡宮の大銀杏の幹

植え付け作業終え本日報道陣に公開された


樹齢800年

残った根からもひこばえ(幼木)が生えるかもしれない

近く一般の参拝客にも公開予定だそうでぜひ再生を期待したい

【昭和記念公園の銀杏を2009年撮影】

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今年初めての 夏日でした

天気予報"午前雨"は夜明け前に上がり

朝から晴れ上がり温度が上昇し

昼には

今年初めての夏日と発表された


街に行き交う人々の顔も

こころもち、明るく輝いてきそうな感じ


【NYセントラル・パークにて2006年撮影】

pond.jpg

 

2010年3月12日

かりんの木 新芽が出てきました

むかし信州妻籠宿脇本陣奥谷(博物館)の門に

大きなかりんの木があるのを見た


この庄屋問屋林家(がこの博物館)に

島崎藤村初恋人

おゆふさんが嫁いだという


「金を借りん」家計健全のためになるかもしれないと思い

長年探すもなかなか背の高い植木が見つからなかった


昨春神社植木市で

3m高のかりんの木を見つけ

衝動買いしていた


冬に落葉したあと

根付いた証拠に新芽が出て来たのには

本当に感動した

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 いつの日か
かりんの実が成るのを楽しみにしたい

・・・


2010年3月10日

高いところ 面白い

会社人生前半20年放送業界で働いていた時

テレビ東京送出装置更新のチームの

設計担当の一人として

参加していたことがあった


タワーの下に放送局があったため

地下室の階段を通すため

ラックは2架連結、納入更新後

局自体は他に移転してしまった


それからご無沙汰していた

東京タワーに2009年上ってみた


1958年東京タワー完成

東京オリンピック納入

国産開発放送局向け2インチVTR

内臓アンプ設計徹夜の思い出もあって

その後展望台に上ったとき

地震に遭いものすごくゆっくりと床が揺れた

経験を思い出す


建物の高さで世界一はドバイにある

アラブ首長国連邦

イギリス植民地から1971年各首長が集合して連邦建国

もう一つの首長が加わり1972年7首長国連邦が確立

ドバイはその一つなるも

石油が出ないところでなにもなく

首長のアイディアは

世界一を売り物にして

世界中から投機のお金を集め世界一ばかりを作る


米国リーマンショックで次噂になったドバイショックは

他の首長が助けてセーフ

世界が安堵


あの世界一828mビルの名前として

助けた首長の名がついている


完成するまで高さを公表しなかった訳は

世界一になるためだったとか


現役時代、国際生理神経学会で

また、定年後の2001年にも

トロントを訪問


CNタワーは

2007年まで自立式で553.33mで

上海のタワーに抜かれるまで開業から32年間世界一


展望台は4か所あり、グラスフロア342m

ホライゾンカフェと屋内展望台346m

レストラン360は351m

スカイポッド447m

 

 【この写真は、何でしょうか? 普段見たことない写真構図ではないでしょうか。】

grassfloor.jpgCNタワー展望台グラスフロアから

真下を地上入口付近を見下ろした写真


左から真ん中までにタワー本体が地上まで伸びているのが見える


床に三畳ほどと広いグラス部分がある


タワーが細い自立支柱だから

真下の地面まで邪魔がなくストレート


こんな真下までクリアに見えているから

ガラスがあって安全だと思っても信じられない

とてもはいと足を踏み出せなかった!


東京タワーも真似し一尺四方のガラス部分ある

下にすぐタワー斜め支柱の鉄骨がごちゃごちゃ見え

地上までの高さを実感できない


子供の方が面白がって寝転がったり恐怖感はまったくない

大人の方があれこれ想像しちゃうから

恐怖感が一層増し躊躇し足がフリーズしてしまう


他に人間が高さに関して疎い例がある


地球の周りを回る人工衛星

漫画を新聞などで見かける多い

実際の飛行高度は300kmくらいしかない

つまり

東京=名古屋間の距離ほどしかない

そう、実際は

地球の表面を舐めるように飛んでいる

ことになる訳で

錯覚の一つ


タワーと言えば

東京に新しい放送塔東京スカイツリー634mが建設中

多摩ニュータウンとか候補地が点々し

やっと実現にこぎつけ完成が楽しみ


2008年着工2011年完成2012年開業予定で完成したら

自立式電波塔としては世界一になる予定?。


最近TVで見られる膨らんだ場所が350m展望台で

東京タワーの高さと同じくらいになっていると報道

empire.jpg1931年竣工したNYのエンパイヤステートビル

1969年初渡米時に展望台まで上ったことがある


1940年代まで多くが空き室だったため

エンプティ(空っぽ)ビルと揶揄された歴史もある


最近、また、登った

2006年

・・・

サンフランシスコの金門橋が1937年完成

これも、生まれる前!!


いずれもアイアンマンと呼ばれた

鉄骨を組むとび職が花形だったらしい


日本が竹やりで戦争仕掛けた相手の国は

昔から凄い技術を持っていた

若いころ渡米した上司が嘆いていた


建造物の歴史を紐解いてみると

如何に日本が情報不足での判断で

かつ、無謀な戦争をしたか

が判る


2010年3月 9日

こもはなし 啓蟄すぎて この寒さ

今日みぞれ交じりの雨が降った

寒い、冷たい、日本列島は真っ白


春だと起きて出てきた

虫たち、動物たち

路頭に迷いどこに行っていいやら

さまよっていることだろう


せっかく

春迎える準備も出来たのに・・・・


table.jpg

2004年4月回顧の旅に出た

ヨセミテ公園は1969年、2004年、2006年と

三回訪れていた


1969年のグランドキャニオン見たときの感激と同じ

自然の力に圧倒された


yosemite.jpg

 【2004年4月23日撮影】

2010年3月 6日

啓蟄に 「春到来」と宣言しました

今年の冬は

寒暖はげしく変わり落ち着かない気候


悶々から脱出するために

きょう啓蟄に早くも

「春になったぞ!」と宣言しちゃった


気持ちが切り替えることで

熱くなっていこう

という訳


早くも

春が来ている園芸店には

温室育ちの花が沢山出まわっている

winter.jpg

2010年3月 5日

MTB 出番の季節

厳寒なのに

今日は21℃と暖かい


するとチャリズムの血が騒ぎ出す


加齢の衰えは足腰に真っ先に来る

足腰鍛錬には自転車がいい


冬トレはスポーツジムでも負荷を変え出来る

室内と違い

外を走るMTBマウンテンバイクに乗れば

周りの明るい四季の風景も楽しめるから

飽きがこない


早速春シーズンにに向けて

自分のルイガノもきれいに掃除した

 

何故赤色?

定年後赤いスポーツカーが夢なるも

家人の反対で自転車で我慢!


LGS-SIX.jpg米国ウイスコンシン州首都マジソン市にある

ウイスコンシン大学(学生運動で有名)の周りの道路

広く歩道側に一車線分の自転車専用レーンが設けてあり

自動車通行禁止


 【次の写真は関連Webより】

Madison.jpg

二つの湖の間に都市計画で作られた

「美しく快適な街」として

全米で有名


 1848年設置ウイスコンシン州立大学マディソン校

湖畔にある


1913年ビタミンA、1916年ビタミンB、1934年ビタミンD

食品に添加する方法発見

1959年初の気象衛星画像

1968年初の骨髄移植、1970年初の合成遺伝子創造

1998年研究所にて初のES細胞培養成功

ノーベル受賞者続々


湖畔の道路を散策すると

大学構内に自由に入れ

カフェでコーヒーを飲んだりできた


米国滞在で時間が余ったときは

大学構内キャンパスの芝生に寝転んで過ごすのが

一番安上がり


日本の大学と環境が違い美しい

羨ましいかぎり


州議事堂は

外は白く内部は装飾で壮観で

内部見学無料ツアーあり


現役時代この近くの会社と共同開発する仕事で

何度か訪れたが、評判通り、静かで落ち着きのある街だった


【1998年撮影】 

CapitolMadison.jpg

この街は日本ではあまり知られていませんし

日本人も少ない


(注記) 映画『マジソンの橋』のマジソンは別の州にある。

 

もうひとつ紹介したいのが

湖畔にモナノ・テレスという建物


terrace.jpg この建物の中に

フランク・ロイド・ライト博物館がある


【関連Webより】

ライトは建築家で

日本では旧帝国ホテル設計で有名で

(1923年竣工、1967年取り壊し)

中央玄関部分が名古屋近郊犬山にある明治村に

保存再現展示中


ImperialWright.jpg表の玄関入口だけではなく

中に踏み入れられ

ロビーまで少し再現されている


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